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2006年10月 1日 (日)

青春の【新快速恋物語】

新快速

鉄道ファン「鉄っチャン」はご存知ですね!この列車!
去年の鉄道の日に「リバイバル運転」された117系「初代」新快速車両です!
(それまでも113系や165系がありましたがあれは「転用」ですから(^^ゞ)

でも今回は<純粋な>鉄道ネタではありませんm(。。)m
業界(?)では鉄の男(??)とも呼ばれている私にも短い青春期はあったんです♪
その青春物語、「なすかの青春物語」みたいなものです♪

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20前のとき、神戸でアルバイトしてました。(親にもナイショで!!)
別に特別なこともなかったんですが、普通に働き・・・普通に恋をしていました♪・・・
同じところで働いていた子だったんですが、すごく星が好きという点では一致していたんですが。
最悪なことにケンカ友達でした(><)
とにかく何かあれば口ゲンカ!それをバイト先まで持ち込むんですからもう最悪です!
私も若くて融通の利かないころ(今でも?(^^ゞ)ですし、彼女も気が強くて口達者な方でしたから、お互い衝突すると「虎」と「竜」!でも口ゲンカを2次会、3次会・・としていくうちに、
お互いの本心、若い純真な心と感情、そして愛情をぶつけ合わせていたんですね。
バイトの上の人から、「仕事中やぞ!ええかげんにせ~~!!」っと怒られたこともありましたが、
同僚連中は知っていたものですから、まわりはニヤニヤ・・・・後で「おまえら、まっとうなつきあいしとう~?」って言われる有様でした、たしかに「異常な交際」に見えたでしょうね~^^;

でも夜となれば三宮の駅キタやディスコ(今ではクラブって言いますよね!)、それにBESTはできたばかりのポートアイランド!!【ポートピア】と「ゴダイゴ」の歌で一躍神戸の名所となったそこには観覧車、ジェットコースター・・・・遊びには退屈なんてしません!
夜遊びしました~バイト仲間にステキな彼女!それにどんどんにぎわう神戸の町並み・・・・
ほんと気軽に、休みの日にはどこ行こうか?夏には須磨海岸、冬には六甲山!デートスポットはいくらでもありましたし♪仲間たちとみんなで西宮浜で焼肉たらふく食ったり!
お互いの彼氏、彼女自慢やグチ言い合い・・・・普通の青春ドラマでしょうね~

まだ有馬のほうはそんなに明るくなくて、三田の方まで足を伸ばせば星空もけっこうきれいでした。
そんな感じで昼に、夜に、街も星空も輝いて見えました。
天の川を見に行きたくて、車がなかったんで、夏には一晩、少し寒い山の中で過ごしたり。
でも好きな女の子と一晩過ごせるチャンス!寒いなんてぜ~んぜんって感じでしたが^^;
確かにそれまでも星が好きだった私は、いつしかそんな楽しい日々と星空にすっかり入り込んでしまったんです。
普段は阪神電車で通っていたんですが、ちょっと楽しみなデートや、待ち合わせの時間に遅れたときなんかは値段の高い国鉄の新快速を使ってました。想い出にあるのはデートに待ち合わせのときに、またまたこれ運悪く、地下鉄車内で、降りるところで突然転んだおばあちゃんにつきあって、駅長室と救急車まで・・・・1時間近くの大遅刻!!当時は携帯電話なんて気の利いたものなどあるはずはなく、デートの遅刻で「ハイッ!さよなら><」という悲劇も多かったときです!「阪急じゃさらに大遅刻!乗り換えも遠い(><)!」ということでこの「新快速」の出番☆となったのです。。。ハラハラドキドキの車内でしたが、センター街の入り口で微笑む彼女の口から出た言葉は「大丈夫だった?」・・・・・今では考えられないのんびりデートだったのかもしれませんね(^^ゞ
なにせ30分ノンストップで三宮ですからそれは超特急モノです。内装も当時は特急列車並みの117系、新快速のためだけに作られた当時としては異色の車両です。
大阪~三宮だけのちょっとリッチな気分でもありました・・・・・

しかしその新快速を終着駅まで乗る日がきたんです・・・・
あまりにも突然でした。

あの日の電話は、いつもの同僚で遊び友達の声・・・・
でも泣き声がただ聞こえるだけでした・・・・
どうした?どうした?何度たずねたか覚えていません。
ただ彼女が事故で死亡したことを、搾り出すような声で聞き出せただけでした・・・・

「また」、別れの言葉ひとつかけることができませんでした。
それまでに友人二人を亡くしていた私には何も考えることもできず、ただ空洞になった思考があるだけ。何もできなかった・・・・後悔、虚無感だけが残されます。
そしてその空洞を埋めるために、すべてを捨てることにしました。
同僚や仲間たちには感謝していましたが、私には「今の自分の存在」そのものが忌まわしいものだったのでしょう。
慰め、励まし、同情・・・・数多くの言葉ももう私を止めることはできませんでした・・・・
死ぬことも、生きることもできない運命と多すぎた突然の別れ・・・・
ただ彼女の両親の手と「ありがとう」の言葉だけが唯一、氷のような私の心を暖めてくれました。

そしてもう一度あの新快速に乗る決心をしたんです。
今度は終着駅まで、そしてその先まで、行けるところまで・・・・
帰るところの無い旅であることは覚悟していました。そして行くところも・・・・
行く先を導くのはカバンの中の1本の小さな天体望遠鏡。

大阪駅を出るとすぐに六甲の山が見えてきました。
楽しい冬を過ごし、今では彼女の眠る六甲の山。
最後まで届かなかった「ありがとう」の言葉がめぐる二つの瞳・・・
あまりにも早くに星になった仲間たちを求めるように、
「新快速」は西に向かって走り続けました・・・・

・・・・・那須香始動にはまだ5年の月日が必要でした。

プラネタリウム室の日記帳:http://stonekenji.air-nifty.com/nasuka/
那須香大阪天文台:http://www.nazca-osaka.org/

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以前のブログからの転載記事です。これからちょっとした書き物をここに書いておこうと思います^^;

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コメント

コメントなんて書けません。
何度も書いては消し、書いては消し・・・

別れにも色々あるけれど、
死に別れっていうのはね・・・

僕にも忘れられない3人との死に別れの経験があります。
一人は小学校2年の時に母と。
一人は高校1年の時のバンドのメンバーだったベーシスト。
そしてもう一人はジョン・レノン。

この3人の死によって、
僕の人生が左右された事に間違いありません。
何と言ったらいいのかわかりませんが、
とにかくキツイですね。

投稿: さーちゃん | 2006年10月 2日 (月) 01時11分

こんにちは~^^
こちらも素敵な世界ですね~ こちらもリンク貼りますね^^ リンクしてくださってありがとう^^
でも、ライターではないのよ~^^; 自称小説家にしといてください。。。って!^^;

投稿: 葵留美 | 2006年10月 2日 (月) 15時28分

>さーちゃんさん
あ!ここにもありがとうございます^^
「心を通わされることが許されない別れ」ですよね。人間ならば、いつかは必ず訪れるものなんでしょうけど、いざそうなってみれば・・・

でも今の私も、「どこかであなたに支えられています」と言えるような素晴らしい出会いがあったということです。

でも「あなた」を支えることはもうできない・・・

葵留美さん>
こちらも!ありがとうございます♪
「自称」でも小説家!でも納得!!ですよ^^
書いて読む。。。これそのものが素晴らしいことですね!

投稿: なすか | 2006年10月 2日 (月) 21時35分

探しても言葉が見つからない時って
ありますね。

私の場合は"マイセルフ"で逝かれたので

時間が何かしてくれるのか
未だにわかりませんが
心に大きな変化をもたらした事だけは
事実です。

行くあては無いのですが走るしかないです。

投稿: milo | 2006年10月16日 (月) 07時10分

マイセルフ。。。そんな別れもありましたね(まだ以前のサイトから移動してないのですが)

人の死は必ず訪れるものですが、どうしても受け入れられないこともありますよね。。。

でも今も私の「道」を支えてくれているような気がする・・・ということは素晴らしい出会いでもあったということでしょう。

投稿: なすか | 2006年10月20日 (金) 01時44分

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